人斬り

まだマッチングの試験をどこも受けておらず、受けようと思ってるところ二つしか書類提出してないのに、半分現実逃避で15日から17日まで大阪と岡山に行ってきた。さすがに去年のように18切符で行くのは面倒だったので東京−大阪と帰りは新幹線を使った。正直自分の生活は、今年の7月ぐらいから学校と家といくつかの特定の飯屋ぐらいに限られていて、少しリフレッシュしたかった。自分は繰り返しに耐えられる、というか文章にするとすごい活動範囲が狭い人間だけれども、同じ繰り返しでも飽きないというか、飯屋で気に入ったものなら毎回そのメニューを頼む、そういった類いのことが好きな人間だ。でも、今回はなんかしらの変化がどうしてもほしかった。国家試験の勉強をしていると思考しなくなるというか、机上の勉強が作業になってきてしまう。自分自身でも作業であることをある程度なんとなく強く感じてしまって、それに慣れてしまうのが非常に怖くなることがある。だから、そういう怖さを今回リフレッシュして消したかったのかもしれない。自分はやっぱりコツコツ型というか、比較的頑張ればなんとかなるだろうという思考をする人間であって、それは間違いなくある部分で成果を生むことは経験的に把握しているからやっていられると思うのだけれど、そういう頑張りによって失われていく部分も間違いなくあることも分かっていて、そういう部分が怖くなることはよくある。そして、その部分はわりかし人間面であるとか、そういった位置付けが人間同士で比べようがなくって相対的に反映されるところなのだと思う。


大阪の姉の家は天満というところにあって、非常に賑わいのある飲食街である。東京(新宿や渋谷なんか)では、チェーン店が多くて、中々歩いてそこらへん店にふらふらと入るっていう感覚はどうしても生まれにくいのだけれど、天満には個人で開いているんだろうなっていう飲み屋がたくさん。2-3杯飲んでお腹いっぱい食べても2000-4000ぐらいで収まって、あーこういうところに住んでたら毎週飲みに行ってしまうんだろうなと思う。そういった街だった。食べたあとに銭湯に行くと、そこの周辺に住んでいるだろうおっさんが7-8人はいたように思う。家に風呂がないのか、それともココの居心地がいいのか、毎日通っているような会話で、完全にコミュニティが形成されていた。みんなは女子バレーのブラジル戦を応援していて、阪神の話をし、あー居心地がいいから来るのだなと思った。それから次の日には18切符で岡山に行き、高校時代の友人とドライブをし、スペインbarでたらふく食べて、演武演武演武。


日曜日には『国体卓球3位』という肩書きで、友人が通うカフェの浴衣・卓球・花火イベントへ。さくっと一回戦負けして、楽しくビールを飲む。友人以外みんな岡山人。でも友人も大分岡山に染まった。彼はそうやって目の前の環境を愛せる人間だと思っていたから、それは丁度自分が岡山を訪れた1年前から分かっていたことだけれども安心した。岡山人は色んな社会人や学生。学歴や職業も関係ない。そういうコミュニティに触れる機会は全くなかったので正直新鮮だった。そして、将来自分はこういう場所にいることは残念ながらほぼ99%ないのだろうけれど、こういう人たちの幸せな気持ちというか環境を維持するのに関われればいいなと思った。微笑みの意味は違っても、友人が楽しむ自分を見て微笑んでいたくらい、自分も彼らを見て微笑んでいたのだと思う。その一方、帰りの新幹線は、喫煙車に乗って地獄だった。最初は、みんな寝てて喫煙してなくて、「みんな禁煙席取れなくて喫煙席おれみたいにとったのかな〜」と思ったら悲惨だった。名古屋を過ぎたあたりから、頭痛くて臭すぎて、、、、もう2度とは乗りたくない、絶対に。後日談で喫煙者の友人でも間違っても乗らないことを聞いてがくぜんとした。そのせいか、今日の昼に食べた弁当がやけにまずかったせいか、帰ってから半日下痢が止まらない。慢☆画太郎だった。